遅くなったありがとう



母方の祖父が亡くなりました。

じいちゃんにとって、初孫だった私。
いっぱいいっぱい可愛がってもらったのに、
何にも恩返しできないまま、亡くなっちゃいました。

「具合あまり良くないみたい」と母から連絡があった一週間後。
すぐ、会いに行けばよかった。
温かいじいちゃんに会いたかった。
声が聴きたかった。
手をにぎりたかった。

最期のお別れの時、皆でおじいちゃんを触りました。
自宅でおばあちゃんと一緒に介護してきた叔父さんが「冷たいなぁ…」と一言。
「そら冷たくなるたい」とばあちゃん。
その瞬間涙ボロボロ。

人は亡くなるとこんなに冷たくなるんだ。
じいちゃんだけど、じいちゃんじゃない。
でも、やっぱりじいちゃんなんだよね。

認めたくない気持ちと、でも、受け入れなきゃという気持ちとがぶつかってどうしようもない。

とうとう、姿が無くなってしまって、あぁ、もうじいちゃんはこの世にいないんだ、
やっと、少し実感がわきました。

「もう頭をなでることも出来ないんだね…」母のひとこと。
触れることも、声をきくことも、もう出来ない。
死とはそういうこと。

ずっとずっと、昔、じいちゃんの言葉に助けられたことがありました。
反抗期だった私は、その時ありがとうも言えず、ただ泣くばかりで…。

今日のお葬式で、ありがたいことに、孫からのメッセージを言わせてもらう時間を頂きました。

あの時言えなかった「ありがとう」、そして30年分のありがとうを
言うことができました。
ずいぶん遅くなっちゃって、じいちゃん、ごめんね。

仕事熱心で、優しくて、人柄もよくて、誰からも好かれるスーパーじいちゃん。
こんな良い人は珍しい!と言われるほど、とっても良いじいちゃんでした。
そんなじいちゃんが、なんで病に侵されなければいけなかったのか。
どこにもやりようのない怒りも正直あったり。

でも病気になっても皆に可愛がられていたね、じいちゃん。


「もう、思い残すことはなか!自分は精一杯面倒見たし
今までじいちゃんもとても良くしてくれた、なんも後悔しとらん!」
全部終わったあとの、ばあちゃんの言葉。

言葉のとおり、献身的な介護を何年も続けていたばあちゃん。
そこまで尽くせたのは、やっぱり愛なんだろうな。
愛っていうか、そんな言葉では表せない何かが、
60年以上連れ添った2人にはあったんだろうな。
ばあちゃん、お疲れ様でした。


じいちゃん、86年間本当にお疲れ様でした。
いっときもじっとしていなかった働き者のじいちゃん。
そっちの世界では、ゆっくりして下さい。
病気になる前に、私の結婚式に出たいって話してたんだね、
叶えてあげられんでごめんね。
ちゃんと写真見せに行くから。
ほんとに、ありがとう。



ぐちゃぐちゃな文章ですみません。
じいちゃんの死をちゃんと受け入れられるのは、もう少し先になりそうです。



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